この空間のプライオリティ

SM嗜好者のコミュニティを成立させるもの



当初、2SHOTチャットだった現在の管理人主催パーティルームをオープンチャットとして再スタートさせた頃、僕の頭の中にあったのは、ここを自分のフィールドワークの場として、さまざまな自称SM的性嗜好の持ち主たちといろいろな会話をすることで、自分の中でずっとテーマとしていた“状況としてのSM”を理解することだった。

“状況としてのSM”とは、SMをその行為、嗜好として追求していく原理的でマニアックなアプローチではなく、今の日本の社会の中でSMという名の下に、どういう人間が関わり、その人間たちが何をどう考え行動し、SMという状況を作っているのか、それを探ることを目的としていた。

ゴルフに例えるなら、クラブの選択やコース攻略、技術を磨いていくことを目的とするのではなく、ゴルフというスポーツを社会学的に見て、どういう人々がどんな気持ちでプレーしていたり、ハマっているのか、それを観察するといったところだろうか…。

普通の人(SM嗜好者)にとっては、どちらかというとこのような副次的なものにしか過ぎない要素を、僕はメインに据えて、SMと人間の関係を見続けてきた。だからこそ自分の中にSMに対する確固たる信念や方向性はあるが、他者のそれに対しては、あくまでもニュートラルでいる。意見をぶつけることあっても他者を否定しない、そんなスタイルが身についたのかもしれない。

よく人は、僕の人徳などと言ってくれるが、ここが成り立っているのは、そんなものではなく、このスタンスとスキルゆえであり、おかげで狭量なSM原理主義者に陥らず、さまざまなタイプの人とこの場で会話ができ、コミュニティへと発展させていくことができたのだと思っている。

べつにすべての人が、志をひとつにする必要はない。いろんな目的でパーティルームを人は訪れる。しかし、たいていの人はサイトのインフォメーションを読み、ここが他とちょっと違うということを感覚的に察知したり、理解して共感したりしているので、自然とパーティルームのカラーが出来上がり、共存できている。

それを察知できない人もしばらくそこにいることで、次第にそのカラーを理解して、馴染んでいく。だから厳密なルールを設けずとも、“ガキだが大人な俺達”のコミュニケーションスタイルは成立していったのだ。これは、僕がコミュニティのインフォメーションとして載せている

What's The Community?
新月管理人主催パーティチャットルームと
そこに集う仲間のコミュニティについて。
■SMという名の迷いの森


に記してあるとおりである。



それでも
トラブルは発生する。肥大した自意識とその挫折から性格的なものまで歪んでしまった人間が、他者を貶める発言を平気でするようになったり、中学時代から対人関係でなんの成長もしてこなかったような人間が、無意識に人を傷つけていることもわかっていなかったり、SM的男女観、価値観と普通の社会的対人関係の区別もつかないような人間が、あからさまにセクシャルハラスメントまがいの会話を連発したり、自分の持っているSM的な世界観が、他の人のSM的世界と違うことが全く理解できない人間が、知らない間に他者に不快感を与えていたり…。そして…、多くの人がそういう他者の行動に批判的であるのに、自分の行動に関してはまったく省みることが無かったり。

気がつと人が増え、僕が理想郷だと思っていたこのコミュニティは、そんな風に混沌としたただの社会の縮図に成り下がっていた。

フィールドワークの現場としてはこの上なく面白いこんな変化や状況も、僕は楽しむことができるはずだった。

ところが、実際には僕の中には、楽しさ以上に苦しさが募ってきた。僕はフィールドワークの現場という俯瞰した視点からコミュニティを眺めているだけではない。それ以上に、僕はそこにいる人間を愛していたし、このコミュニティを宝物のように思っていたのだ。だからその中で、人が傷つくのが辛かった。

手をこまねいて眺めていたわけではない。僕はもともと調整型のリーダーではないが、それでも、道理を説いたり、人間関係のあり方を説教したり、なだめたり…、ときにはカバキチの手を借りて、ありとあらゆる方法と手段で事態を収拾しようと試みてきた。

ある女性に言われたのは「尚人さんは道理や理屈で良し悪しを判断するけど、私は感覚的に人間や物事を見る」ということだった。ここでいう感覚とは、たぶん感受性、感情、右脳で判断するということだと思う。そこから生まれれる不快感や嫌悪感を、道理や理屈といった左脳的な基準で説得することは、困難なのだろう。

その結果どういうことが起こるか? これが僕にとって一番難しい問題だった。


管理人のジレンマ


基本的には新月のコミュニティは、みんな脛に傷持つ、もしくはどこかしら社会的に、精神的に弱いダメ人間の集まりである。特に女性はダメダメ。愚かしく、弱々しく、そしてどこか愛すべき人間たち。しかし、そんな中でも一本スジの通った素敵な女性、男性はいるもので、そういった素敵な人間たちとの交流は僕にとっては、ものすごい大事なものであった。ダメ人間を許容することで、結果的にそんな素敵な人達が嫌悪感、不快感を感じ、このコミュニティを去って行くとしたら…。

たいてい、人に不快感を与えるダメ人間は、自分ではそのことに気がつかない。残るのはそういう本当にダメな人たちだけになる。ダメ人間同士が、それを許容できる、あるいは適当に同調していることがコミュニケーションだと考えている人と慣れ合っているだけのコミュニティに成り下がる。

僕がコミュニティの中の多様性を、道理や筋で押し通した結果、コミュニティ自体が、そんなものに成り下がったとしたら、果たして、そのコミュニティは僕にとって意味があるのだろうか?  

僕は主催者としては、中の人間を平等に扱うが、個人としては、思いっきり可愛がりたい子や、共感できて尊敬したり、大好きだな思う人達がいっぱいいる。同時にしょうもねぇなぁ〜と思う人間や、バカ野郎!バカオンナ!と腹の立つ人間もいっぱいいる。愚かで弱々しい人が、それでも新月の素敵な人達に影響を受けて、励まされて成長できればもちろん一番いい。しかし、それが難しいのであれば、考えなければならない。

逆に、そういった人に不快感や嫌悪感を与えてしまう人を排除して、僕にとって、あるいは僕が好ましいと考えている人にとって、認めることの出来る人だけのコミュニティにしたら、どうなるか…。

楽だろうなぁ…とは思う。楽しいとも思う。しかし僕がこのパーティルームを立ち上げた時の僕なりの理念は失われ、コミュニティのオープンさは失われていく。そして、それは僕が亡き妻と約束したことを反故にすることに繋がっていく。

……それだけはできない。

だから必死に考える。コミュニティのメンバーはこういう風に僕が悩んでいるといつも

「ここは尚人さんのサイトだから、尚人さんが考える通りにすればいいのでは?」

と最終的には僕に判断を委ねる。そのほとんどが信頼から発せられた言葉であることは理解している。しかし言われる僕の方は、たまったものではない。ここが自分だけのものならこんなに悩む必要はないのだ。しかも、この言葉にはどこかしら、その僕の下した結論が気に入らなければ、自分はここを去るだけ…、という突き放した匂いがする。それが当然のことなのは十分に理解している。僕らは一見、強い結びつきを得たような気になることも多いが、同時にそれは、嫌になったらここを去ればいい…そんな脆い関係でもあるのだ。

僕はそんな脆いもので成り立っているコミュニティという器を守るために苦労しているのではなく、そこにいる人間たちとの絆を守るために苦労しているのだ。そして、だからこそ僕はルールや理念を強要、共有するのではなく、ここに居ることにひとりひとりが意義を感じ取ってもらい続けることで、ここに居たいと思ってもらえることで成り立つコミュニティを作らなければならないのだ。

そこに悩むのである。


敗北宣言としてのルール強化



ここから先は、ある意味、僕にとっての敗北宣言である。管理人主催パーティルームは2年半目に、新たな明確なルールを設けることにした。それは、

この空間が目指すもの
SM嗜好者のコミュニティの新天地を目指して


に修正を加えた部分である。

これまで、そこには
-----------------

これを本気で目指すなら、普通のコミュニティより、数段レベルの高いコミュニケーションスキルが要求されるということだ。

このコミュニケーションスキルを持っていない人間は、

来るな!

などと言うつもりはない。ただひとつ…

学べ!

それでいい。


-----------------

と記載していた。

しかし、残念ながらこれは通用していない。なので、

それでも学べなかったもの、
それがどんなに自分の中で正しい意見だろうと、
SMという世界の中で多様性として認められているとしても、
複数の他人に嫌悪感、不快感を与え続ける者は、
排除する。



と追記することにした。

具体的には、1ヵ月から無期限の出入り禁止処置を取るということである。
仏の顔も三度まで、というが、僕は仏ではないので、イエローカード2枚で退場してもらうことにする。

パーティルームを1週間閉鎖して、これだけ大げさに文章を書いてきて、たったそれだけのことなのか? と思う人もいるだろうし、あ〜あ、ついにシビアなルール言い出してしまったか、居心地が悪くなるなぁ…と感じる人もいるだろう。


過去の出入り禁止処置者例



しかし、僕の中では悩みに悩んだ末の結論である。管理人主催パーティルームは、これまで、出入り禁止処置を取ってきたのは、3名、厳密に言えば2名だけである。

一人目は、不用意に個人情報を暴露したり、聞き出そうとした男性で、僕が「出て行け!」と怒鳴っただけで、来なくなった。厳密には、処置はしていない。僕はこの時、かなり感情的になったように装い、問答無用で冷酷に怒鳴ったことを反省している。彼には注意することで行動が改善されるのを見守る期間も与えなかった。常連たちの中ではちょっと気味が悪い…ぐらいの感じだったのだ。後に聞いたところによるとその男性は、新月を尚人教のような場所だと揶揄して僕に悪感情を抱いているという話を聞いた。

そのこともあって、僕は排除ということには慎重になっていった。もともと前述したように、ここはダメ人間の巣窟である。そしてその多様性を良しとしている以上、その強権を発動する際は、自分の中で確固たるものがなければ、してはならないという気持ちが強かった。そんなときに起こったのが、実質的には二人目、厳密に言って初の出入り禁止処置者である。

気味が悪い男だった。アイコンや名前の印象で、狙いをつけた女性にしつこくPMを繰り返し、ねっちこく会話をするタイプで、表の会話にはほとんど参加しなかった。何度も注意もしたが、効き目はなかった。次第に僕がいるときは入らないで、目当ての女性が居る時だけ入るようになった。そんな状況だったので、その男がいるときは、入室を控える人が増えてきた。なんとかしてほしいと僕には要望が寄せられていた。彼は決して悪意を持っているわけではなかった。どちらかというとコミュニケーション不全者といった感じで、僕と何人かの常連たちはアスペルガー症候群を疑った。僕がこの時悩んだ事は、今とよく似ている。大人としての対応ができていない自己中心的な人間だという理由で、排除していいのだろうか? しかし、それを許容した結果、ここを頼りにしている、あるいは楽しみにしている人が入室できなくなり去っていくのであれば、それこそ本末転倒なのではないか? ということだった。結果的に僕はこのとき、「何とかしろよ!」というみんなの声に押されて、彼を排除した。その結果は、悲惨だった。彼は今度は確実に悪意を持ち、このサイトを荒らしにかかった。プロキシサーバーを通し、毎回IPアドレスを変えながら侵入を試みたのである。それは半年以上続いた。僕はプロキシサーバーによる参加を全面的に禁止することを余儀なくされた。

3人目は古参の常連の女性だった。開設当初からここに出入りしていた女性で、一時は森の仲間達にもプロフィールを載せていた。彼女は多様性を全く認めずに、自分の意見を人に押し付ける行動が目に余った。しかもそれをするときはいつも上から目線で、自分が間違っているなんてことは微塵にも思っていないようだった。僕はそういう彼女の態度を何度も注意した。僕は上から目線が気に入らないわけではなかった。ただ彼女は能力的にも、経験的にも明らかに上から目線でものを語るには、実力に欠けていた。そのことを指摘した僕は彼女に恨まれたのだろう、彼女は公然と僕を非難するようになった。オープンだけではなく、2SHOTやメール、いろんなところで、僕の悪口を言っていることが伝わってきた。僕は自分が非難されている限りはそれでも彼女の行動を制限しなかった。しかし、そんな彼女だったので、次第に彼女を相手にする人が減っていったのだが、そうすると今度はその相手を中傷するようなことを、他のメンバーに言うようになっていった。しかも彼女は、閲覧していて得た中途半端な情報をもとに推測で、根も葉もない事を吹聴して回っていた。そこには自分はこれだけ新月のメンバーの情報を知っているという優位性を誇りたい気持ちと、無自覚ではあるが、自分を認めない人間への悪意が感じられるようになってきた。そこで僕は彼女に対して出入り禁止処置を行った。彼女は今でも、月に何度かは、入室を試みている。

大抵の場合、トラブルは悪意を伴わないで発生する。悪意があれば排除するのは簡単である。それはルール以前の問題だ。その場合は問答無用で排除する。でも3件とも悪意が確実に感じられるようになるまでには時間があった。


管理人の決意



できることなら、悪意が生じるまでは、処分はしたくない。これまではそう考えていた。しかし、明記したようにこれからは、悪意の有無に関わらず、大鉈を振るうことにする。これは明らかに僕の理想とするところからは後退である。ぼくがこれを敗北宣言というのはそういう理由からである。

多くの人は、コミュニティインフォメーションの文章に、たった5行加えただけでは何も変わらないと思うだろう。その通りかもしれない。

だが僕はずっと思っていた。この新月のサイトのインフォメーションテキストと管理人主催パーティルームのインフォメーションテキスト、そしてコミュニティに対する僕の考えを示したコミュニティインフォメーションテキスト、この3つの文章に関しては、僕の中ではほぼ完璧な文章だと…。うぬぼれにも程があるが、この2年半、新月で起こったすべての出来事は、いいことも、悪いこともすべてここに書いてあることと繋がっている。書いた時期は、最初の2つに関しては、コミュニティが成立する前、もしくは直後である。それまでコミュニティ運営、サイト運営に関してなんの経験もない僕が、最初に考え綴ったことが、ずっとこの2年間は通用してきた。今でも新月で起こったトラブルのすべては、ここに書いてあることをすべての人が理解していれば起こらなかったことであり、このコミュニティがみんなに愛された理由も、この文章に書いてあることにみんなが共感してくれていたからだと思っている。僕は職業柄、そういう言葉の力を信じているし、自分の文章の力も信じている。そんな僕が、2年半経った今、この文章では成り立たなくなり、追記しなければならないということの重みを察して欲しい。

これからは、多少、今まで以上に厳しい処置を取る。それは人間関係を大事にすることのプライオリティを、これまでより重く捉えて運営していくということである。僕が注意する機会も増えるだろう。だから逆に問題を起こさない人、僕の大好きな人達にお願いしたい。

ちょっとだけ辛抱してください。
寛容になってください。
率直になってください。
逃げないでください。




2014.07.19
SM Community 新月 管理人 M女性のためのSM入門 尚人